Archive for the ‘Note’ Category

スーパーマーケットファンタジー

21/02/2009
わかんないけどさ。
洋服。
インテリア。
雑貨。
ものにこめられた思い。
ギフト。
人の幸せ。
飽食の時代に生きる私たちも果たして本当にものだけで満たされているのか。
第三者やメディアなど外部情報によって形成される幸せの形もあるかもしれないが、
もっとダイレクトなところで心に響くなにかもあるはず。モノを媒介として。
気持ちの表象としてのモノ。
表現。
ダンス。
感動。
共有。
大量生産されたという既成事実だけではない。
それが提供されるタイミング、人、相手によって異なる。
スーパーマーケットファンタジー。
エソラ。
モノ。
コト。
イノチ。

そして新しいイノチへ。

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垂れ流し

20/02/2009
ちょっと今日トイレに入ってる間に考えたこと。

こっちに来てから常々思うことが、
西欧と日本の違い。
こう書くとすっごいべたな響きがしてしまうんだけどやっぱりこれは如実に
いたるところで表出している。

で、今日思ったのが、家とか家具とかなんかそーゆーものについて。

ざっくりと先に言ってしまえば、

西欧→一回きり

日本→繰り返し

っていう感じ。

感じっていう説明で非常に申し訳ないんだが(誰に。。。)
これは非常に感覚的な話。

ただ、日本に帰ったときに見た、出雲大社の話や、その前から知っていた、
法隆寺の宮大工の話を踏まえると、やはり日本人は深層心理には、何かものを
作るときは必ずその次のことを考えるというか、長く使うために繰り返し繰り返し
維持できるような仕掛けを施しておく、といった意識が刷り込まれているということだろうか。

こっちに来てからすごい違和感を感じるカーペットをはじめとした、ブリテッシュの
家具や家に対する姿勢は、それそのものはまぁ概して大事に使うが、
それは『一回きり』だからこそ大事に使う、といった感じだろう。
必ずしもそうではないかもしれないが、一般的に、ね。
アンティークというのもそのものが世紀を超えて残っている場合。
それを繰り返し。。。という発想ははなからない。

どんどん駄文になってるのでここまできたら単なるメモだけど、同じことが
たぶんワインと日本酒の関係性でもいえる。ビンテージという発想。
あー、完全に自分のノートになってるw

ワインは熟成させて、時間をかけて、それで付加価値をつける。当然おいしくもなってるんだろうけど。

日本酒はその年そのお米で取れたそのお酒をその土地で飲む、といった感覚。

僕はそこにも既述の感覚が含まれているような気がしてならない。

メディアリテラシー

05/12/2008

あまりたいしたことではないんですが

最近itunesの使用頻度が高いために気づいたことがある。
それはカスタマーレビューの信憑性について。
Amazonに関しても同様のことが言えると思うんですが
カスタマーレビュー欄に個人の単なる愚痴や批判みたいな
ないようが時折載せられているのが目につく。
不具合や値段の高さ等のみのコメントは正直カスタマーレビュー
としての意味合いを失っている気がする。
ってか単純に見づらくしてるし、評価が不当に下げられたりしている。
しっかりと全てのレビューを見ることでそのあたりのバイアスは
免れることができるとは思うんだけど、ホントやめてもらいたい。
ただネットでの買い物はそういったリスクも含めてのものだと
個人的には解釈しているし、時間をかけて読んだり、そのユーザーの
過去の投稿などを見ることでそのユーザーの信頼度も図ることができる。
いくつかの方法はあるとは思うのですが、私たち自身が情報発信者と
なることが可能となった現在、様々なレベル、次元でのコンテキスト
が氾濫してると捉えることができると思います。
コンピューターの使い方とかは当然そうだと思うけど、それ依然に
ネットというインフォメーションプールの中から自分の目的にあった
ものを抽出する力をどうやってつけるかってことがもっと教育の場で
議論されてもいいと思うんだけどなー。